
オールインワンという選択

2006年4月に開発チームは映像カンパニーへ異動となる。映像カンパニーへの異動後も、開発は順調に進んだが、加藤の違和感は消えなかった。
映像カンパニーは、カメラなどニコンの看板商品を扱う事業部門である。そのなかで商品化の承認を得るにあたっては、製品の独自性や他社との差異化などが問われる。加藤は自分自身の拭いきれない違和感と商品化へ向けた課題への回答として、それまでに温めていた提案をぶつける。ディスプレイとプレーヤーを一体にした“オールインワン”というコンセプトである。それまで開発されていたのは、セパレートタイプで、ヘッドホン・ディスプレイ部分とストレージとしてHDDを内蔵した本体部分がケーブルで接続されたものだった。加藤の提案は、これを一体型としケーブルを排除する、またストレージにHDDの搭載を止め、フラッシュメモリに変更するというものだった。これは、開発チームにとって大きな選択だった。
「一度、セパレート型で決まりかけていたものが、改めて一体型になったのはショックでした。最初は、基板が入るのかなという不安がありました。」(UPの市場開発を担当する宮川)
やり直しとなった設計
一体型になると、電子回路やバッテリーなど全ての要素をヘッドホン部分に収納することになる。電子回路の一層の小型化が求められ、設計は一からやり直しとなった。また、一体型への変更は、当然ながら製品の装着性にも大きな影響を与える。ヘッドホン部分にプレーヤー部分を一体化したときの製品の形状やそれを頭部に装着したときの感覚は一体どのようなものになるのか。開発チームは、ヘッドホンの設計については専門の音響メーカーに協力を求めるなどしながら、装着性に関する課題を詰めていった。
千秋と共にメカニカル設計を担当していた江島聡と伊藤正樹はこう語る。
「最終的に数百人分の頭部のデータを集めました。試作品を作っては、データの収集と検証の繰り返しでした。」(伊藤)
「利き目の問題もありました。人それぞれディスプレイを見やすい方の目は違うので、左右どちらの目でも見られるようにしないといけない。ディスプレイを回して対応するというアイデアはありましたが、それを実現するのは大変でした。」(江島)
一体型に最適な形状を模索・検討を続けながら、そのためのデータ集積は丸々2年に及んだ。
壁をぶちやぶる
一体型への変更は、UPのユーザーインターフェイスにも工夫が求められた。それまでのセパレート型ではプレーヤーに置かれていたスイッチを、一体型では頭部にもってくる必要があるのだ。システム設計を担当する大槻正樹は次のように語る。
「ユーザーが製品を装着した状態で、見えてない部分の操作をどうしたら良いかというのは、ずいぶんと検討しました。ディスプレイの表示とスイッチ操作をあわせるために、ボタンをヘッドホンの後ろにもってくるとか、いっそのこと操作部はタッチパッドにしたらなどと考えもしました。最終的には、スイッチを置けるだけの面積を確保できることと、ユーザーが安定して自然な操作ができるということから、スイッチは耳元に置き、ボタンはダイヤルを中心に4つのボタンをレイアウトすることにしました。」(大槻)
オールインワンという新たなコンセプトを与えられたUPは、多くの壁に行き当たりながら、より具体的な製品へと進み出す。だがそれは、過去の開発を否定するものではなかった。それまで過去6年の開発成果と蓄積が、オールインワンという選択を可能としたのである。
